走り続け/坂本瞳子
 
むせ返るような
苦しさから逃げ出したくて
走り出してしまった
方向はいつも左
迷ったときにはいつも左
曲がり角ではいつも左
とにかく左へ左へと曲がって
走り続けた
苦しくって息が切れて
また少し歩いて
鼓動が早まって
心臓がはち切れそうで
目眩もしてきたけれど
もう少し歩いて
息が少し整ってきて
膝の笑いが緩くなって
走れそうな気がしてきたら
また走って
左へ曲がって
走って歩いて
左へ曲がって
そんなことをしていたら
なにに対して
むせび泣き出しそうになっていたのかを
忘れてしまった
こんなにいとも簡単に
逃げ出すことに成功してしまった
あまりにもあっけなくって
呆れてしまった
そして哀しくなった
楽しいことなんてなにも見つからないじゃないか
絶望の淵の近くに立っていることを認識したけれど
救われた気持ちになったのは
苦しさからは逃れられたからだった
まだもう少し走れそうだから
左へ曲がって走り続けよう
この生命が果てるまで
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