六つのこと/こしごえ
一
散歩をする
腕時計の竜頭をねじってぜんまいを巻いておく
六時零分のころ
あいさつをすると
忘れていたことがぐうぜん戻ってきて
あいさつをする
二
そよそよ風は
光を通り 思い出す
むかしの傷は
心を通り この大切な悲しみと
わたしは
この道を通り 帰る
三
深く青いインクは愛用万年筆の心臓を通って出てきて
つやつやとした愛用万年筆が
しゅるしゅると言葉を しるすと
ノートの紙は青い文字でみたされていき
わたしの魂が紙に定着する すると
わたしはもうここにはいない
四
わたしの墓石に春の雪が
ぴたんぴたんとして
耳はかたむいてつめたく
つめたくかたむいて視線は
宙へ泳ぐ
けれどもおちつくように目をつむる
五
わるいことも
いいことも
ここにあるから
半分位 影の月へ
ほほえむ
半分位 あなたに映るわたし
六
昨日のことよりも
明日のことよりも
今日のことだ
と誰かが言った
誰かのわたしは今日も
命に命を支えられている
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