人さらいの街/岡部淳太郎
 
道に迷って
家に帰るすべを失って
それでもなんとか家までたどりつこうとして歩いている
遠くの山で鴉が啼くと それを合図とするかのように
夜の帳が落ちて 星がいっせいにまたたき出す
空の真中に大きな穴が開いたように見えたが
周囲が暗く穴自体も真っ暗なのでわからない
鍋は変らずにぐつぐつと煮られつづけ
その傍で老婆が曲がった腰をさらに折り曲げる
人さらいは自らの暗い影よりもさらに暗くなり
地下の思念のようになって街をさまよう
黒づくめの紳士が左手の杖で 何かを探るように
地面をこつこつと叩きながら歩く
街はすっかり暗くなって
物のかたちも 人の心のかたちも歪んで
次第に見
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