死ぬ自動車/殿岡秀秋
 
四階建ての立体駐車場の一階で黒い自動車が死んでいる。飲みすぎて緊張が緩んだ顔のようにボディが張りを失っている。キィーを差しこんでもエンジンがかからない。電気系統は何も反応しない。開かない窓。ワイパーは眉毛も動かさない。目を覚まさないラジオ。

救急車がやってくる。白い服の男たちが出てきて、ボンネットをあける。異臭に立ちのぼって男たちは顔をそむける。車体の下に淀んだ黄色い液体が漏れている。

立体駐車場は締め切られ、廻りにロープが張られる。そこにおいたままの自動車たちは次第に張りを失っていく。塗料がはがれ、タイヤが風船のように膨れて、破裂する音がトランペットのように鳴り響く。

「まるで伝染病だ」白い服の男の一人が呟く。彼は聴診器を一階の白い自動車に当てる。それから四階まで自動車たちを診てまわる。青い自動車が隙間風のような息をして、最後の声をもらす。

「もう一度走りたかった」


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