「左手の蒼穹」/桐ヶ谷忍
 
あの日
骨ごと断つ勢いで斬りつけた左手首に
病院のベッドの上であなたは
切り取った雲一つない青空を
私の傷口に深く埋めてくれた

重い曇天に覆われてる毎日の
奇跡的に雲が途切れた瞬間の
陽光に輝く空をあなたは
心臓に据えて

その断片の半分を私に
傷が塞がったと同時に
私のこころは左手首に固定された

傷に障らないように
泣き笑いしながら
移植してくれた
どれほどの暗がりにいようと
蒼穹は私の中にあるからと
黒々とした雲の上の世界の
脈打つピースを忘れないでくれと
嗚咽に変わるまで言い聞かされ

傷跡は一生消えないだろう
けれどそれは埋められた空を
忘却されない意味になる

これは数年前の話
行って来ます、とあなたは朝玄関を開ける
私は左手を振る
行ってらっしゃい、と笑顔で
戻る   Point(10)