「薔薇の下」/桐ヶ谷忍
 
薔薇の下から
少女の唄声が聴こえる


庭の片隅に植えられている
その深紅の薔薇の下から聴こえる少女の唄声は
私にしか届かない
それが惜しいほどに、華麗に、時に遣る瀬なく
見事な唄を唄う
言葉はないが思いの丈が胸にせまるほどに
そのまだ成熟し切れていない声は伝えてくる

女になってから
切り捨て、或いは忘れ去った多くの感情を
初夏が来て、毎年その唄声が響き始めると思い出す
うつくしい紅薔薇が咲くと歓喜の唄声が
散れば悲しみ嘆く唄声が
晴れの日に、雨の日に、曇りの日に
同じ唄は唄わない
少女は少女の特権としてその気分次第で唄う

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