無の世界/卯左飛四
 
お風呂から上がると
いつものように彼は、部屋で一人静かに本を読んでいた
私は彼の読書の趣味には全く興味がないが
本を読んでいるときの彼は、何よりも幸せそうに見える
彼から半径2メートルほどの範囲は
透明の膜といったらいいのか、それとも
ふわふわの真綿といったらいいのか
赤子のようにふんわりとくるまれて
その真ん中で彼は、心地よさ気にくつろいで楽しそうだ
一日のうち、ほんの僅かだが
何ぴとにも侵されることのない彼の領域
儚くこわれやすいものをこそ、人は渇望してやまないのだ

彼の邪魔をしないよう、そっと部屋を出て私は寝室へと向かった
私にもベッドという名のやすらぎがある
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