その振動が記憶している/ホロウ・シカエルボク
で身体が震えるような感触まで、感じることが出来る。だけど生真面目にぴいんと左右に張られた羽はどこを向いても見つけることは出来はしない。目を閉じていると、存在がさらわれていくような気がした、波だ、と俺は思い当たった。もう十何年―あるいは二十年以上は前のことだろうか、こんな波の音を聞いたことがあった、台風の日だった…テトラポッドを一口で齧ろうとしているような高い波が、呼吸のようなリズムで何度も何度も押し寄せてきた。その日、俺は恐怖を感じなかった。あるいは恐怖のなかに、奇妙な安らぎを感じていたのかもしれない。真夜中だった。周辺には誰も居なかった。俺はテトラポッドのすぐそばまで歩き、アナコンダの食事を思わせるその波をずっと眺めていた。あの時そんな音がしていた、あのときずっとそんな音が…あの時俺が心のどこかで望んでいたもの、それはこの音のなかにあったのかもしれない。よう、という声を聞いた気がした、洞穴を突き抜ける風の音に混じって。
戻る 編 削 Point(1)