八月坂/塔野夏子
 
この坂は夏のてっぺんから
少しずつ下ってゆく坂
向日葵や百日紅の花びらのふちで
夏の光が砕け散って
じりじりと蝉は啼いて
またそれがふと啼きやむ静寂があって

日傘をさして
この坂を下ってゆくと
時折目の前をよぎる
モノクロームの情景があって

それは私の記憶なのか
それとも誰かの記憶が
私の意識に幻影しているのか
――わからない
ただどこからか
祈りの声が聞こえて

そんなとき私は
しばし立ち止まり目を閉じる
モノクロームの情景が
まぶたの裏でわずかに色づくような……

――目を開ければ
ふたたびあざやかに向日葵 百日紅

じりじりと蝉は啼いて
私は下ってゆく
夏のてっぺんから
少しずつ下ってゆくこの坂を

白くまばゆかった夏の光は
やがてさびしい金色を帯びてゆく


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