赤穂の海はまだ満ちて/為平 澪
 
らせて
(こなしとったら、お父ちゃんと一緒やろ?
という、いつか来る嘘をお店で買ってくれた

あの浜辺から続く足跡と泥濘の下で
父の姿は 仏間に置かれ
強張った母の指が 洗濯物を折り畳み
そして 弟のいない家が佇んでいる
私の海は 何も生み出せないまま
乾いていくのだろう

山育ちの女の掌に 貝殻を置いていった人の
写真を眺めていると 指先から湿った水が
身体を巡り 私を濡らしていく

赤穂の海はまだ満ちて
赤い水着を着た小さな女の子が両手にたくさんの
貝を拾って私に差し出すのに
私は「ありがとう」すら 伝えられずに
嗄れた喉にこみ上げる
苦い潮を呑むばかり

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