記憶を、汲む/望月 ゆき
 

朝がほどけると、水面に横たわり あなたは
かつて長く伸ばしていた
灰色の髪の、その先端から 
魚を、逃がす 
皮膚は、透きとおって ただ
受容する 水の、なまぬるい温度だけを
新しく記憶する


  白く、シャクナゲが詠うように咲き
  夏が まだ夏としてそこにあったころ
  あなたは、あなたのこどもたちに囲まれ
  藁半紙で、魚を折る
  こどもたちは、それを ていねいに
  床に、放す
  教室は、いつも
  水溶性の笑いで満たされていた


おぼつかない足もとの、あなたの踵から
水が流れ出て
あなたのうしろに川ができる 
昨日、よりもっと昨日の水底に
ことばが埋葬されている そのうえを
紙の魚が、ひらひらと泳いでいく


やがて
朝の輪郭が 橙色に発光し
あなたが今日を、選んでいる
淘汰されていく
あなたの わたしの わたしたちの 彼方の
飛沫をあげて、魚が跳ね
川に溶けていく
そうして、わたしがそれを、汲む


  ※ 『詩と思想』掲載作品より


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