缶コーヒー/倉科 然
 
唯物論的なエスカレーターを上る
さっきの人身事故も
きっとこのエスカレーターを上った誰かから始まったに違いない
最後の一歩を登り終えてホームに向かう
ビル群が私を見下ろして空は狭かった
列車の遅延を知らせるアナウンスを聞き流して
私はホームを歩く
「もうすぐ冬だ」なんて独り言ちて
自動販売機の温かい飲み物のボタンを押した
その暖かさは喉を通ると血の生ぬるさに変わって
どこまでも機械的にできているこの世界から一歩私を遠ざけた
東京から上野まで歩こうかなんて考え出した
さっき世界から消えた一粒の自我なんてきっと私は忘れていて
6畳半の自室に唐突に戻りたくなって
少し冷めてしまった飲み物を最後まで身体に流し込んだ
きっとこの暖かさが私を世界に縛り付けている生なのだと
きっとこのホームのアナウンスの無情が生なのだと
空を見上げると悲しみをたたえたビル群が私を見下ろしていた

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