残り香/伊藤 大樹
もう残されていない水を嗅ぐとき
海は煙り 大地は焦げ
白い雨が思い出のように降った
わたしも同じような所から来たのだ
醤油匂う指で
悴みながら 敬虔に 呼吸をした
その呼吸が あなたに噤みを与え
だからわたしには橋が見えない
霧が見える
波はおだやかに鳴り 島々は青く
日は照っていた
ここはさびしい 仮初めの故郷
どこへも歩いてゆかない 勾配のある道
激しい熱れが立ち罩め
日々を錨みたいに水底に沈めた
だからわたしにはわたしが見えない
あなただけが見える
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