42.195/大覚アキラ
ブラウン管に映し出される
あなたの姿を
海の向こうの遠い国で走る
あなたの姿を
こみ上げる嘔吐と戦いながら走る
あなたの姿を
背後に迫るランナーの影を振り切るように走り続ける
あなたの姿を
わたしは
キッチンで皿を洗いながら
ぼんやりと眺めていた
真っ白い皿には
昼に妻が作ってくれた
スパゲティナポリタンのケチャップがこびりついていて
こするたびにスポンジがオレンジ色に染まって
わたしの手もオレンジ色に染まって
ブラウン管の中で
オレンジ色の夕日を背に
黙々とアスファルトをけり続ける
あなたの姿は
まるで
サモトラケのニケのように神々しい
皿が真っ白になるころには
あなたはすでに
ブラウン管の向こうの
夕闇に染まったトラックの最後の一周を
いままさに走り切ろうとしていて
ゴールはもはや目の前だ
洗い物を終えたわたしは
いつしかブラウン管の中のあなたに魅入られていた
フェイディピデスが斃れたゴールで
黄金の汗を流しながら微笑むあなたを眺めながら
栄光とは
こういうかたちをしているのだ
と思い知った
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