Di/stance/角田寿星
先に子どもたちの声が消えた。流氷のひしめく冷たい海に放り出さ
れた私たちの生きようと叫ぶ声がむなしく響く。この海のなかでは
私たちは完全に無力であった。この冷たい氷の海のなかでは。
脱出を試みようと身をよじらせるたびに流氷は体躯にふかく突き刺
さり私たちの自由と体温をじわじわと奪っていった。互いの名前を
呼び合う声。私の名前を父を母を呼ぶ声。先に子どもたちの声が消
えた。かたくかたく目蓋を閉じる。
子どもたちの次に彼女の声が消えた。次いでひとりまたひとりと氷
の海は静謐さを取り戻していく。私の名前を呼ぶ者はもうどこにも
いない。凍える紫色の唇を開いて誰かの名前を叫ぼうとするが
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