名辞以前/藤原絵理子
 

金属光沢を放つ 一枚の直方体が
荒野に立っている 寒風が吹き抜ける
怒りに任せて 猿人が草食動物の大腿骨を打ち下ろす
粉々に砕けて 寒風に散る頭蓋骨


叫びは 直方体に反響して 増幅して
荒野の谷を伝い 一本の老いた大木を震わせた
生きるためだけに 生きていた
名もない獲物を 名もない木の実を 食べて


膨張する宇宙は
蓋然的な空間と 絶対的な時間を 与えた
生きとし生けるものに あるがままに


きれいな言葉になる前の
言い表せない憤怒や悲しみ 喜びは
彩色された瞬間に その力を失って 形だけになった


戻る   Point(5)