送り火/藤原絵理子
 


群竹を抜けてきた風が 木戸を開けた
重い飛行機雲は 丸い山をかすめてたなびく
TVでは 認知症の軍事評論家が勝手なことを喋り
狭い路地の向こうから 野菜売りの声が届く


ご先祖様たちが帰った 居間はがらんとして
法師蝉の声が 静まった空気を透明にしていく
誰もねじを巻かなくなった 柱時計は
遠い昔の一刻を指したまま 寛いでいる


陸軍少将だった曾祖叔父の血は
入れ替えた畳や襖と一緒に燃やされた
壁は塗り替えられて 年月なりの落ち着いた色合い


柱の陰に 点々と忘れられた
拭いても拭いても取れない染みが
ずっと忘れないでいてくれ と 語りかける

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