水辺/伊藤 大樹
 
いつから夢見ていたのだろう。それもほとんどわからぬまま、夫の藤野の会話をまるで無音のコマ送りにしていた。シンクにぽたぽたと透明とも鉛色ともつかぬ水のしたたりを聴いていた。気がつけば窓の外ではすでに朝日が輝いて窓辺を白く照らしだし、娘の顔を淡く撫でていた。
新婚旅行で行ったマンハッタンの朝焼けに心をうたれたあの感覚を覚えている。娘の寝ている部屋に射す光は、光とは思えぬほどの苦さをそこにふくんでいた。
夫との不和を誰にも悟られまいと、コーヒーをすする音ひとつにも神経を研ぎ澄ました。その方がかえって不自然なふるまいとなるとどこかで薄々気付きながら。
八月にはめずらしい激しい雨がひとしきり降って、そ
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