夜のサテライト/伊藤 大樹
馴らされた日々に漂ってくる
なにげないコーヒーの匂いに
ふっと 救われるときがあるのだ
どんな舟も決して満たすことのなかった
完全な航海を ゆっくりとわたしは開始する
宇宙を辷るひとつのサテライトのように
死の岸に限りなく接近しては
泣いてやるのです
失ったものの 美しさを讃え
喪失を 永遠のアルバムに綴じるために
時として 思い出は
敬具のように味気ないが
或いは愛も ひとつの暴力でしょうか
つかの間の夏の陽に身悶え盲いたわたしは
はたして罪人でありえたか
いま ひどく疲れた躰に
初めて風は やさしい
萌しはじめた不安を
獰猛なわたしの嗅覚がこそげていった
音叉が わたしを正しい音へ導くように
舟が わたしを傘の要らぬ国へと運ぶ
ほんとうに一瞬だけ
わたしを救ってくれるコーヒーの匂いを
探しもとめ
いまでもときどきこうして
夜の海辺をひとり歩いたりする
戻る 編 削 Point(6)