硝子の質量/伊藤 大樹
 
ついに鳴らされた音のために
ついに発せられなかった言葉を思うとき
街は 列車は 夕陽は 失われる

冷たい深海魚の 冷たい尾鰭
夏の日に 生き物ははかない光だ
溶けずに残っている便箋
病棟の青白い蛍光灯
廃墟のなかの闇
美しさとは ほとんど醜さだ

硝子にとってもっとも厳しい質量は硝子だ
どんな柔弱な光も拒む
その明晰さが
私の病だ 私の杖だ

雨のために流したどんな涙も
風のために零したどんな言葉も
もう泣けない
もう囁けない

生きることは ほとんど死ぬことだ
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