さくらの歌/藤原絵理子
 

うす紫の夜明けに 投げ出された一冊の
古い書物に うす紅の花びらが降り積もる
開いた頁の活字に 重なって見え隠れする
過ぎ去った日々の残景は 霞んで


手を伸ばしたら 届いたはずの風景は
ためらう臆病なこころを 置き去りにして
別の分かれ道の先へ 遠ざかった
あたしは強がって 見て見ぬふりをした


土の香りが流れてくる
眠っていた生命の 吐息があふれる
老いた桜は 風に花びらを散らせて 笑う


ゆく春は 水晶の籠に
失ったことに慣れたはずの 憧憬を満たして
今年もまた かすかな痛みを残す

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