白熱 サイドA/佐々宝砂
 
 それが誤謬でも誤伝でもなかった証拠には いま俺の目の前にはあのひとの亡骸があって 確固として存在するものとなったその顔には七つの傷口が昏い穴を見せている 俺が開けたふたつの穴なんて古傷を広げただけだったのだ そう思っても俺の心は晴れなかった 早晩あのひとが再びみたび俺の前に現れるであろうことを俺は知っていたけれど 俺の心は暗かった もっとも近い恒星から二百万光年離れた放浪惑星なみに暗かった あのひとが 二度と俺に「女よ」と呼びかけてはくれないだろうと俺にはわかっていた ななたびも傷を受けななたびも名付けられななたびも束ねられ それでもあのひとはあのひとであり続け あのひとは何者も拒まない ならば あのひとは俺が望んだとおりのことをしてくれただけなのだ 俺は涙を拭いて立ち上がり捨てなければならぬものを捨てようとしたが 俺はすでにそれを持っていなかった
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