ヘンドリックの最後/オダカズヒコ
 
目のタバコを吸い終えると

「世話になったな」と
ぼくの肩に手を置いた

「今ならまだ引き返せるぞ」
「バカ言え、俺は意志が固いんだ」

涙ぐみ
コブシをまるめる
彼の横顔を少しだけ見た

食肉処理場のおじさんに
ヘンドリックを引き渡すと
ぼくは見上げた空の青さに
少し目を細め
ヘンドリックがすべての検査に運良くパスし
立派に市場に出回ることを祈った

さっきまでヘンドリックが座っていた
助手席のシートのくぼみを見つめると
空色の
夏みかんの匂いが少ししたような気がした
どこかにようやくたどり着いたような
どこかにまた新たに向かって歩き始めるような
不思議な気持ちがした

肉屋のおじさんに
806円のお釣りと
300グラムの肉をもらうと
雨降る街ん中
ぼくは
小走りに出て行った
戻る   Point(7)