記憶/nonya
 

鏡に向かって
眠気と髭を剃り落していた朝
くたびれた自分の顔に重なるように
ふっと浮かんだ父の輪郭
丸くて憎めない
目の記憶

電車の中吊りは
気の早い春の旅への誘い
オーデコロンと加齢臭に混じって
ほのかに漂った雪解けの匂い
若すぎる土と水の
鼻の記憶

自転車のベルに
急き立てられて歩道の端に避けた
誰かが私を叱ったような気がする
懐かしい方言まじりの祖母の声
未だに「のめしこき」の
耳の記憶

紙コップのコーヒーで
うっかり火傷してしまった午後
言いかけた言葉を塞き止めているうちに
遠ざかっていった小さな背中
幼すぎてヒリヒリする
唇の
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