スニーカー/yamadahifumi
 



例えば、風の向こう

丘の向こうに

何かがあると考えてみる



幸福というのはいつも

何かの向こう側にあって そして

不幸はいつもこちらがわにある



素敵なものはいつも

画面の中だけ

そして、僕達はいつも

置き去りにされている感じがする



だけど、この『時』の中で

僕達だけが

自分の人生に直に触れられないのは

何故なのだろうか?



僕達はいつも幸福になる事に焦っていて

そして、今あるものの大切さには

決して気づきはしない



これまでの歴史において

これほ
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