つかのまの朝/砦希
 
あのとき持っていた荷物を
どこにしまったのか
思い出せない
どこにしまったのか
どこかに放ったのかも
消えてしまえと思っていたことは
かろうじて思い出せる

消えてしまえと願うことと
消えたあとの幸せは
かならずしも
イコールではない
ということに気がつくのは
だいたいはひとが大人になったあとだ



地下鉄のながいながい箱の中
たくさんの大人
立ったままのプログラマー
座って寝ている図書館の司書
日傘を持ったOLや
太ったフリーのカメラマン
きっともっといろいろなひと

地下鉄のながいながい箱の中
吊り棚にはたくさんの忘れもの
みんな降りるとき
何かを置いていく
みんな

いつか吊り棚の重みで
この電車は停まってしまうだろう
けれどそんなことはだれも考えない
どうでもいいことだから


あのとき持っていた荷物は
たいせつなものだったかもしれない
それともそんな気がするだけで
やはりいらないものだったのかも

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