泣いた赤鬼/山部 佳
コーヒー豆を煎っている
剥けてくる薄い皮を丁寧に
吹き飛ばしながら煎っている
誰かのためでもなく、自分のためでもない
ただ美味いコーヒーになるように
細心の注意を払っている
窓から外に出た香りは
誰かが訪れてくれるのではと、かすかな
胸のどこかの期待と混ざっている
もう誰もいないのだから
誰かが来るはずがない
私の中の隣人たちは
とうに姿を消してしまった
見知らぬ老人が子供をあやしている
じゃらじゃらと、焦がし過ぎぬよう
ひっきりなしに右手を動かす
疲れたら左手に持ち替えて
家中に喫茶店のような香りが
溢れて漂って、静寂が耐え切れぬほどに
沈黙したカーテンを風が揺らす
心の中に看板を掲げる
「どなたでもお気軽に!
おいしいコーヒー、淹れてます」
独りになった私は、途方に暮れている
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