Santiago de Compostela/藤原絵理子
 
青年は腰布一枚で
十字架にかけられてそこにいた

大聖堂のうす闇が荘厳する
巡礼の密やかなざわめき
ミサの開始を告げる旋律は
共鳴して窓を震わす

そのとき 見よ
高い丸天井に憩いし
中世の画家が描いたフレスコ画が
低い唸りをあげて宙に漏れ出す

絵画と見えていたものは
壁に止まったやぶ蚊の
作り出した幻想であった

やぶ蚊の一群は
青年の額に流れる血へ
青年の腕に流れる血へ
殺到して蔽い尽くす

また別の一群は
驚き畏れる巡礼に襲いかかる
静謐かつ神聖たるべき時空は
驚天動地の混乱と化す

全身にやぶ蚊の雲を纏いつつ
勇敢にも聖職者は
自慢の巨大香炉で
キンチョー蚊取り線香を焚く

立ち昇る煙と芳香の中
撃墜されたやぶ蚊が降り積もる
古代ポンペイに降った
火山灰のごとく

そして すべては終わった
青年の血を吸った連中が生き残り
狭い扉の隙間をすり抜けて
世界中に拡散する

青年の虚ろな目に
幽かな冷笑が浮かんだ

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