祖母の瞳は日に日に還る/亜樹
 
色だった。
 いつも何かに憤っていた、その目が今はひどくあどけない。
 私が年を取ったのを同じように、彼女はゆっくり子供に戻る。
 
--きょうだい、なかようせなあかんよ

 彼女の頭が今よりずっとはっきりしていたころ、彼女は繰り返しそういった。それからしばらくして、彼女の口から出るのは恨みつらみの積もった、ほの暗く重たい呟きだけだった。
 それはたとえば戦争で皆死んだ兄弟のことだったり。
 御嬢さん育ちで何もしない母親のことだったり。
 そんな田舎には帰りたくないと、結局疎開先から一度も帰ってこなかった末の弟のことだったりした。
 彼女の具合はいよいよ悪い。とうとう娘のこともわからなくなったと叔母が嘆いていた。
 けれどもそれがそんなに悪いことばかりでもないような気がする。あの頃来る返し繰り返しつぶやいていた怨嗟もみんな、彼女は忘れてしまったのだろうから。
 他人の私は口を利かない。青灰色の瞳を見ながら、あどけない幸せな思い出が彼女の口からこぼれ出る日を、今か今かと待っている。





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