すべてを諦めたあと/栗山透
すべてを
諦めたあと
音はいつでも
途切れとぎれに聞こえた
拍の途中で音が消える度に
僕の顔はびくびくと引き攣った
夜の9時を過ぎたとき
僕はまぶしいオフィスから這い出て
非常階段の下から7段目の場所に腰を下ろした
ビルのむこうには東京タワーが見える
細くて長い朱色の灯りが美しい
僕は誰もいない階段で小さく歌をうたう
もちろん、誰にも届かない
雨は降っていなかった
僕は左手に持った折り畳み傘をぼんやり眺めた
天気予報では夜から雨のはずだった
僕はこの場所から見る雨を気に入っていた
朱色に光る雨粒と濁った空気
声はどうして届かないのだろうか
すべてを
諦めたあと
光はすぐに
その姿を隠すようになった
湖の水が段々と干上がっていくように
僕の周りから失われていった
戻る 編 削 Point(1)