煮豆を口に運んでいるあなたは/草野春心
 


  煮豆を口に運んでいるあなたは
  だれかの真似をしているふうなのだけれど
  わからないし どうでもいい
  椀に添えられた手は
  貧乏臭くひび割れているし
  化粧気のない頬に 僅かに残された気品のようなものは
  却って あなたを 狡く賢しく見せているけれど
  月の雨がぽたぽたと落ちる夜、
  きしむ引き戸をそっとすべらせ、
  あなたがここを出ていくとしたら……私は
  さびしくてたまらなくなるのだろう
  あなたの体は老いていく あなたの心も老いていく
  それは だれにも止めることのできないことだけれど
  それは 長い音楽が 新しい楽章に移り変わるときのように
  私にかなしげなときめきをくれるだろう
  煮豆を口に運んでいるあなたは
  だれかの真似をしているふうなのだけれど
  わからないし
  なんでも いい
  私も あなたの眼に そんなふうに見えているのだろう きっと



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