家族の散文/左屋百色
 
わたしの母は詩をかいていた。

いつもテーブルの上に無造作に置いて
あったのでたまによんでは見たけれど
それはよくわからないものであったよ
うに記憶している。そもそも小学生の
わたしにはよめない漢字もたくさんあ
った。だが今にして思えば母の詩は難
しい漢字や難しいことがかいてあった
のではなく母の日常つまり散歩へ行っ
たら珍しい花が咲いていたとか夕食の
支度をしている時にふと思いついたこ
と洗濯物が揺れているなどがかかれて
いたような気がする。母はいつも明る
い人であったがわたしは子供ながらに
何となく父のいないわたしの人生は好
きなことは何でもやる母のせいのよう
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