海辺の丘陵で 〜Sせんせいに〜/オイタル
をなめ
海風をなめ
時代の甘味をなめ
溶けかかった明日をなめていた
戻るということには意味はなく
進むということにも価値はない
蒸し暑いひざの上のスマホの照り返しや意趣返しやそんなことだけが
ご婦人にも
ご老体にも
誰にも彼にも
微笑むに足る史実なのだと
せんせいはそんな 冷たく無意味な一言にも
ほほえんでうなずいてみせたに違いない
わたしたちは丘陵の並んだ二つの椅子の上で
今日の一日の生業の半分を終える
そうして蓄えたいくばくかの食べ物を分け合うために
お互いの心を推し量るという
もう半分の段取りに取り掛かろうとする
せんせい あなたがわたしたちに教えてくれたのは
推し量ることではなく 段取ることでもなく
信じることの健やかさと勇気
であったに違いない
確かにこうしているうちに
尖った波からざらつく夏の空へと立ち上る
無数の命の気配をまとって
せんせいはゆっくりと 手を振って消えていく
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