↓( )/ディレッタント
 
なくなった。

 鳥肌を抑えつけようと手を洗っていると、鏡に映った私の口元が歪んでいた。そのまま笑ってみると目元が歪んだ。

 リビングではポニーテールの少女が遊んでいた。車のおもちゃについた糸を引っ張る。指を離すと叫びだし、走る。しかめ面でおもちゃを捕まえ、また糸を引く、今度は車輪を宙に浮かせて。悲鳴を上げる玩具に少女は耳をすませ奇声を上げる。

(カタン)

 静謐。時計が鳴る。リノリウムの床を濡らしたまま、模造された秒針が一定方向に錯乱する。時計が鳴く。髪を解いた少女がテーブルクロスをはためかせる。硝子の灰皿は割れて飛び散る。吸殻が忘れてしまったのは鉛色の曇天を焦がすことかもしれない。

 時計が泣く。

 できることをしたのだろう。したいことをしたのだろう。どちらにしても蛾は蛍光灯の裏で匿名のまま逝く。私は此処にいないけれど。

「来世で会おうよ」
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