消えた名前/イナエ
 
   
生まれてからぼくは
姿のあるものに名札をつけてきた

手に触れるものや 目に見えるもの
目に見えない小さなものにも
ぼくの周りの森羅万象すべてに

夢で出会った気配にも名札は付けた
姿さえ見えない過去の生き物 
紙の上や ディスプレイに浮かぶ影にも

名札を下げたものたちは
ぼく中で位置を定め
名を呼ばれるまでじっと佇んでいた

ライオンもヘラジカも ヌートリアもカワウソも
争うことなく 食われることなく
平和に住んでいた
桜やバラは何時も花を付け
流れる水も川に留まっていた

だが 
近頃…

名札の文字が消えている
ワタリのアゲハが 空を飛び
名の消えた花に囲まれ
にたにた笑ってぼくに言う
「ここまでおいで… 捕まえたら教えてあげる…」

虫取り網を振り回しても
捕らえることは出来ず 
いらいらがつのり…

名前さえ見つかれば…

「年を取るとはこういうことか」より
戻る   Point(5)