夕子さん/すずきはちろー
 

私の胸にはいつも夕子さんがいらっしゃいます。

物静かで、それでいて情緒的な女性です。

ある晴れた午後のこと、買い物をする私の背中に触れる夕子さん。

5月の太陽は暑く、ひんやりとした彼女の吐息が心地よかった・・・

「夕子さん」

そう振り向いて愛しげに呼ぶと、彼女は微笑んでおりました。

夕日を背景に立つ姿は影絵のように美しく、いつまでも眺めていたいと思ったのでした。

ふと、涙ぐむ私を置いて、今日はどちらへ向かうのでしょう。

「夕子さん、お待ちを」

彼女の微笑みはそれこそ、儚げであり、雄大でした。

夕子さんは待っていてくれました。遠い初夏の思い出を巡らせながら、待っていてくれました。

ジャスミンの花の香りをのせて風は去っていきます。

風は振り返ることなく、私の体をすり抜けて、夕子さんを攫っていき、夜の空気を運んできました。

さようなら

夕子さん。

私の声は遠い夢の彼方へ沈んで行きました。

私の愛した人へ、心より

電車のガタゴトと鳴り響くと、すっかり辺りは暗くなっておりました・・・。
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