儀式3 追葬/イナエ
ひんやりした部屋の鴨居(かもい)
黒い額縁の若い女に寄り添った老人
の真新しい写真に目をやり
タンスの引き出しを開ける
引き出しいっぱいに満ちている丸めた和紙から
墨の魚が溢れ出て畳にはねる
鯛がいる ボラがる 鯉がいる
それは若くして妻を失い 里の祖母に子を預け
都会の片隅でひっそりと生きてきた老人の
輝かしい歴史
歴史の奥に埋もれた漆の文箱
固く結ばれた紐を解き開けると
煤けた螺鈿(らでん)の櫛と鼈甲(べっこう)の笄(こうがい)
彼の母の物に違いなかった
櫛の歯に匂いが滞っているようで
長い間触れることのできなかった母に
触れたような 胸の高鳴りを感じた彼
だが
五〇年間 誰にも語ることなく
胸中深く 愛を埋葬し
他界した父の秘事を暴き
母の体をさらけ出してしまったような
後ろめたさに襲われた
鴨居の母は視線をそらし
父は困惑しているようで
そそくさとふたを閉じ
紐で固く封じた
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