春の巻貝/佐野権太
 
近くなり遠ざかる海のかさなり
乳白色の巻貝の奥に
うずくまる内蔵
砂となった記憶の粒を探して
耳の感覚だけになる

ふくらみ、しぼむ浅い眠り
とうに輪郭をなくした風の面影に
なつかしい声を聴く

何を卒業したのか
わからないまま
春、という穏やかな
がんじがらめのなかで
確かなものを求めて
細い肩を抱いた
そういえば君の唇は
淡いメントールの香りが
したんだった

なあ
きっと
正しい答えなんて
いくつもあったんだ

繰り返される風景は
打ち寄せ
つつみこみ
つかの間泡立ち
遠ざかる
耳の奥に閉塞していた温かい水が
解放される自然さで
僕の一部が流れでる

砂に埋もれ
傾いた
巻貝ひとつ
住人(すみびと)はいない
ただ
内面に春を浴びて
真珠色に輝いている






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