おわり/乱太郎
歯を磨こうと鏡の前に立つと、おわりなんだね、と
喉越し用のコップはからっと笑う。白い歯磨き粉は
まだ処女のような振りしているが、ねちっこく、ま
だ始まってもいないのにさあ、と寝そべってにやに
やしている。これは夢なんだと寝る前に言い聞かせ
て夜の谷間に転がってみるが、不思議と鏡を呪うわ
けでもなく、毎日夢の最後も鏡の前で、これでおわ
りなのかなとお辞儀をするのが当たり前になってい
た。おわりがあるのだから、はじまりもあるはずだ
が、僕は全然思い出せないのだ。どこまで遡ってい
けばいいのさ、なんか面倒くさくなって、死んだ母
の墓を掘り起こしに行くみたいでさ。とにかく一日
のけじめでもなく、この世に未練がましいものもこ
れっぽっちもなくて、ひたすら、おわりであること
を鏡に刷り込まして、僕はからっぽのチューブに潜
りゴミ箱の底で背中丸めて、「東京ララバイ」を吹
いているよ。ここはさっきまで札幌。線路は続くさ。
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