もも色の風/凪 ちひろ
 
「もも色の風だよ もも色の風だよ」
と誰かが言った
そんなはずはない 
冬の真っ只中なのだ

「もも色の風だよ もも色の風だよ」
とまた誰かが言う
窓を開け のぞいてみると
確かにもも色の風が吹いていた


ああ しかしあれは冬の幻想
春を待つ心の見せる夢なのだ


けれども子どもらはなおも
「もも色の風だよ」
とさわいでいる


わたしにも あれを信じた頃があった
しかし地球は
ほとんど一定の速度で回り続け
人間の思惑通りに季節の巡ることなどないのだと
いつしか悟るようになった


「もも色の風だよ もも色の風だよ」
子ども等はいまださわいでいる


わたしはそっと窓を閉め
温めたままのこたつにもぐり込み
耳せんするようにふとんを顔までひっかぶると
浅い昼の眠りへと戻っていった
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