彼の方は/芦沢 恵
歩きたいのです
何もなかったから ただそれだけ
誰もが 妙に速足でいくものだ
そんな風に思うでしょ?
わたしが こんなに止まった世界にいるなんて
知るはずないもの
艱難辛苦 それは違います
歩いているだけなのです
ほら 彼の方も
わたしが硬直していただけの
あの方角に向かって
あんなに速足で歩いているではありませんか
わたしは その反対をめざして
歩いているだけなのです
彼の方も同じことをしようと
速足に見える歩みで
止めてあげるわけにはいかないのです
わたしも 止まらなければ
つじつまが合わなくなってしまいます
わたしと 彼の方は 反対側の
止まった世界で
速足に
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