帰る/水瀬游
 
アスファルトを雨が濡らし
あたりが深海のように暗くなると
自分がどこから来たか
うっすらと思い出されて来ないだろうか
そうだ
自分は確か
まだ日が登りきらない頃に
母親だか恋人だかに
出発の言葉を告げて出てきたはずだった

地面は橙色の街頭を反射し
ゆらゆらと輝いている
あたりがすっかり真っ暗になってから
どれくらいの月日が経っただろうかと
思い返してみると
自分の帰りを待っている人間が
いるのかも知れないと
思い出されてくるかも知れない

それは
子供たちにとっての一日ほどの長さだったかも知れないが
真っ白な彫刻が
風雨ですっかり朽ちてしまうほどの
長さだったかも知れない

いつの間にかこんな場所を歩いていたと
振り返ってみると
見なれたようでもあるが
それでもやっぱり見たことのない町の風景が
水に濡れ
輪郭だけぼうっと輝いている

そろそろ 帰らなくてはならない
道筋は分からないが
ひとまずと 踵を返す

きっとあっちの方角だと
だいたいの 見当をつけて
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