朝を迎える/三田オコジョ
身体の表面には何の傷もないのに
心臓をおっきく えぐられてしまったせいで
夜、突然息ができなくなってしまうことに 彼はひどく怯えていた
完治しない傷はね、忘れていくしかないんだよ
てもちの絆創膏は、どうしたって彼の傷にはかぶせられないような、なさけない形をしていた
そうなるともう、代わりに泣いてあげることしかできなくて
俯いたまま、まわしてくれた腕は、まるで自分自身を抱きしめるみたいに優しい力加減だった
保存された悲しみは、上書きできないようなので
そのままで、たぶんずっとそのままで
*
朝、私たちは規則正しい時間に起床し、きっといつもどおりの日常をやりすごすだろう。彼はなにごともなかったかのようにグレイの解剖学書を読まなければならないし、私は教科書片手にセックスと世界平和、それに夕飯の献立について考えなければならないだろう。 生活とはそういうことで、生きているだけで、もう、こんなにじゅうぶんすぎるのにね、と、手を握りながらそう思う。
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