憂鬱録より “土”/kaz.
昨日、一人の老婆に会いに行った。「一人の」と言うのは、言い方が悪いかもしれない。
「一人ではない」
「君は、一人かもしれない」
「いいや、君の背中には、火が滾っている」
火が老婆の影を躍らせる。若い妖艶な中国女のシルエット。
老婆が杖で影を小突く。チャイナドレスの女が、影の中から這い出してくる。
「死が、君の服にこびり付いている」
「いいえ、これは土ぼこり」
「死が、君の乳房に接吻している」
「いいえ、これは泥」
「死が、君の」
「いいえ、これは私。死んだのは、私よ」
女が這い出した辺りの土は、すっかりひび割れて乾燥した。火がひび割れの隙間を縫って走り出す。
風が
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