遠雷/津久井駒彦
 
もう雷鳴しか聞こえない

僕は人混みの中で父親も母親も
兄弟も忘れてしまった

誰かの煙草の火が手に触れたときだけ少し
故郷のススキのザワメキを思い出したり
している
雑踏は温かくて無音なのでとてもよく
遠くの音が聞こえる
耳を澄ませるまでもなく
どこかとても高い山に登ったとき

ように

もう長い間雷鳴しか聞こえない

短さは罪だと風の噂に聞いたので
出来るだけ長く呼吸を続けるように努めた

禍はたいてい息を吐き切ったときに
やってくるもの
危機をやりすごしてそれ以外のときは
永遠に生きるような心持ち

いる

雷鳴しか聞こえない

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