口伝/角田寿星
二〇一〇年夏。オーケストラのリハーサル。
まだ若い、俊英と称される指揮者が壇上に立つ。
曲の中途。世界的な老指揮者が駆け寄り、大きく両手を振って演奏を止めた。
ここは指揮棒を叩くんだ。なぜならこの曲は、闘いだから。
助言を受けた若い指揮者は、戸惑いを隠さなかった。
武満徹『ノヴェンバー・ステップス』。
この静謐な曲の本質が、
闘い、である、とは。
一九五五年六月九日。『交響的組曲《ユーカラ》』初演の日比谷公会堂で。
二五歳の武満徹は、客席脇の階段に崩れ落ちるようにして、
これは、早坂さんの遺言のようだ。
と声をあげて泣いた。
作曲家早坂文雄の身体は、既に病魔に侵され
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