泥と口紅/飯沼ふるい
 
れなかった物語の苦渋こそが足元に広がる粗相の海の原質となる

風も凪いでいるのにさざめく海の心理の中心点では
砕かれた林檎のような女陰が永遠を再生して咲き続けるのを止めない
鏡を覗くようにその輪郭を描写するとそれは確かに嘲笑いを浮かべている
背中を嘗める芋虫や額に蠢く樫の根、肉に埋もれる蜂
自然な異物に飼い慣らされた自画像を見透かされている

皮膚が井戸へ溶け落ちてしまいそうになる
その甘い感覚に目眩しながら
僕は静かに井戸の蓋を閉ざして果てた
戻る   Point(0)