球体の軽さ/灰泥軽茶
もうだいぶん昔の話
忘れてしまったけれど時折情景だけが浮かぶ
いつのことだかまだ自転車の速さが一番の心地よさであった頃
どこかにある町だけれど位置関係がもう思い出せない
町から町へと自転車を走らせる途中で見た風景は
目を閉じて眠りに落ちるまえに視点が合う
あたりはもう暗くなってしまい
早く帰らないと焦る息遣い
雑木林と畑が広がる郊外にスポットライトで照らされた
くすんだ緑色した大きな球体が無為に跳ねている
走る闇は一層色を吸い込み自転車の前照灯は
「じぃーじぃーじぃー」と
音だけして小さな灯りと共に不安をいっそうかきたてる
車のヘッドライトの連なりは
他人の幸せを盗み見しているようだから
知らないふりをしながら全力でペダルを踏む
ようやく見知った在来線の線路に行き当たり
並走しながら私の心は安堵の電流がほとばしり
あの大きな球体のように無為に自転車と跳ねている
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