いる。/山岸美香
暑い夜を通り抜けて
まだよわった身体を、布団に忍び込ませ
水面から引き上げられたようにぐったりとしてから
顔だけを外気へ浮かばせて息をする。
私は透けるような白い肌でもなく、
瞳はアーモンドでもビー玉でもなく、
童話の中のお姫様でもないから
何も考えないで生きることは許されちゃいない。
当たり前だ。雨がいずれ蒸発していくことぐらいの当然だ。
無能なのに、働いて自分のねじを巻かなくちゃならない。
覚えていないことで解答を間違えても、
私はなるべくせっせと
卵を分量だけ並べて割って水を混ぜる。
**と*******を600g
蜜を2900g
水を1kg入れる。
自分のしたことを忘れてしまっても、記憶力がなくても
身体と心はずっとくっついたまま、私は私だ。
つらい出来事だけ都合よく忘れて
会社が休みでもアラームで目を覚まされて、再び寝ころんだ。
暑い日の寝室にだらしなくなった私は、いる。
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