帰るところを忘れて/yo-yo
133メートルの高さから毎秒1トンの水が落下する那智の滝。その天水が流れ込む海のあたりに温泉がある。
太平洋に向かって大きな口を開けた洞窟の風呂。忘帰洞という名前がついている。
目の前の岩礁で砕けた波の音が、洞窟の天井で反響する。白濁したお湯に浸かりながら遠くの水平線を眺めていると、いま、どこに居るのかも忘れ、どこかに帰ることも忘れてしまう。
湯の中で、中国の若者たちが大勢さわいでいた。
顔も体形も同じだが言葉が違う。同じ漢字の国の人間だから、彼らも国を忘れ家を忘れているにちがいない。
高い仕切り壁の向こうの、女湯でも甲高い声が飛び交っている。言葉がわからないので、鳥か獣が騒いでいる
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